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東京地方裁判所 昭和60年(特わ)2540号 判決 1985年12月04日

本籍

東京都大田区田園調布一丁目六一番地

住居

同都目黒区平町二丁目二番二〇号

会社役員

扇本幹子

昭和六年四月三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官櫻井浩出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

一  被告人を懲役一年及び罰金二〇〇〇万円に処する。

二  右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

三  この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都目黒区平町二丁目二番二〇号(昭和五九年六月二日以前は東京都目黒区目黒一丁目一番一六C-五〇六号目黒台マンション)に居住し、東京スポーツ興産株式会社ほか一社から役員報酬を得ていた者であるが、昭和三二年ころから居住していた同都大田区田園調布一丁目六一番九所在の土地、建物等を同五八年中に売却したことによる同年分の長期譲渡所得税につき、知人の崔昌奎などを介して紹介された杦平眞一から、申告手続を任せてくれれば税金を少なくすませることができる旨説明されて同人に同手続を依頼するよう勧められるうち、同人と共謀の上、被告人の所得税を免れようと企て、被告人に架空の連帯保証債務を計上するとともに、その履行のために被告人所有の土地、建物を譲渡し、かつ、その履行に伴う求償権の行使ができなくなったかのごとく仮装するなどの方法により所得を秘匿した上、同五八年分の被告人の実際総所得金額が二三四四万一五六九円で、分離課税による長期譲渡所得金額が二億五七五二万一〇〇四円であった(別紙(一)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五九年二月二八日、同都目黒区中目黒五丁目二七番一六号所在の所轄目黒税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が一一四三万円でこれに対する所得税額は二七一万三七〇〇円であり、分離課税による長期譲渡所得金額は所得税法六四条二項によって零となるから、これに対する所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六〇年押第一二九六号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同五八年分の正規の所得税額九五二九万六〇〇〇円と右申告税額との差額九二五八万二三〇〇円(別紙(二)脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書謄本三通

一  杦平眞一、矢吹征一、市原敏治、高山知久(二通)、大山四郎こと崔昌奎及び梅田勝治の検察官に対する各供述調書謄本

一  収税官吏作成の次の各調査書(いずれも謄本)

1  利子収入調査書

2  貸金利息収入調査書

3  保証手数料収入調査書

4  支払利息調査書

5  交通費調査書

6  謝礼調査書

7  分離長期譲渡収入金額調査書

8  取得費調査書(補正)

9  譲渡費用調査書

10  保証債務控除調査書

11  源泉徴収税額調査書

12  特別控除額調査書

13  生命保険料控除調査書

一  押収してある五八年分の所得税の確定申告書等一袋(昭和六〇年押第一二九六号の1)

(法令の適用)

一  罰条

刑法六〇条、所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択

懲役刑と罰金刑の併科

三  労役場留置

刑法一八条

四  刑の執行猶予

刑法二五条一項(懲役刑につき)

(量刑の事情)

被告人は、東京都大田区田園調布一丁目六一番九所在の土地、建物を購入して昭和三二年ころから同所に居住していたものであるが、生活の援助を受けていた児玉誉士夫が病気で倒れたことなどを切っ掛けに、生活規模を縮少し、将来の生活費を賄う考えから、同五八年六月から七月にかけて神奈川県逗子市内に所有していた土地や前記田園調布の土地、建物を売却し、その際、売買代金の一部三五〇〇万円をいわゆる裏金として受領したり、受領した売買代金の一部を金融業者に貸し付けて同年中に二〇〇〇万円余の利息収入を得ていたが、前記土地、建物を売却したことによる同年分の長期譲渡所得税につき、知人の崔昌奎、梅田勝治を介して紹介された同和団体関係者を名乗る杦平眞一から、申告手続を任せてくれれば同和団体の力で税金を少なくすませることができる旨説明され、同人や右崔から右杦平に申告手続を任せるよう勧められるうち、右杦平の誘いに応じて同人に申告手続を依頼し、判示脱税行為に及んだものである。本件ほ脱税額は九、二五八万円余と多額であるうえ、ほ脱税率も約九七パーセントと高率であり、特に分離課税による長期譲渡所得税については、後記の売買代金の一部除外と相まって、判示のとおりの所得秘匿工作によりその全部を免れたものであって、態様及び結果において犯情は悪質である。もっとも、右分離課税による長期譲渡所得税の脱税については、脱税請負を業としていた右杦平からのはたらきかけがあったこと、その所得秘匿工作の手口を考え、虚偽の裏付け資料を作出するなどの行為はすべて右杦平が行ったものであること等の事情は認められるが、被告人は、前記のとおり自ら売買代金の一部や利息収入をいわゆる裏で受け取り、申告にあたってこれを除外していたものであって、被告人の納税に対する態度には問題があったと言わざるを得ない。

しかし、ほ脱税額の大部分(九〇パーセント以上)を占める分離課税による長期譲渡所得税の脱税については前記のとおりの事情があり、被告人は、右杦平に約四〇〇〇万円の謝礼を支払っているなど、同人との関係においては謝礼金稼ぎに利用されたと言えなくもないこと、被告人は事実を認め、修正申告の上本税、延滞税、地方税を納付(重加算税についても納付を予定)しているなど反省悔悟していると認められること、前科前歴のないことなど斟酌すべき事情もあるので、これらを総合勘案し、主文のとおり量刑する。

(求刑 懲役一年及び罰金三〇〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 石山容示 裁判官 鈴木浩美)

別紙(一) 修正損益計算書

扇本幹子

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

<省略>

別紙(二)

脱税額計算書

<省略>

<省略>

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